65歳と89歳のおばあちゃん - 介護奮闘記?

65歳の娘と89歳の母の介護(介助)にまつわるエピソードが中心です。年齢とともにきっと皆が経験する話を日記で書いていきます。時々普通の日記も。

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要支援2の通知が届きました

 9月に地域包括支援センターに連絡してから、2か月後の11月に、市役所からやっと認定結果通知と介護保険被保険者証が郵送されてきた。

この間の2か月の流れは・・・

①訪問調査

 保健師、ケアマネージャー、市の職員が週1ぐらいの間隔で次々と自宅に来て母と面談。私が週3日仕事で出かけているので、日程調整もしなくてはならなかった。

 母は、自室のベッドを拠点に、トイレか食事時のリビングを行き来する生活だったので、毎回随分疲れたようだ。

「デイサービスなんか行かないから、調査に来てほしくない。」

と言う母と

「介護予防のための運動などさせてもらえるし、元気になれる。転ぶたびに早く死にたいなど繰り返されるのは、不愉快だ。」

と度々口論になった。

 

 ただ、ケアマネジャーさんと一緒に来た『福祉用具貸与事業所』の人が暫定設置していった階段付き予防手すりが、母の気持ちを少し変えた気がする。

 今までの踏み台よりも丈夫で安心して使え、何より、認定されれば、千円で借りられるということで、サービスを受けるのもよいかなと。

 

②主治医の意見書

 母は、近所の医院で高血圧とコレステロールの薬を月1のペースでもらっている。その医院が必然的に、今回の申請のための主治医ということになるそうだ。血圧、コレステロールは別として、母の現状をそれ程知っているとは思えないのに。

 

③審査、判定

 医師の意見書を元に保険とか医療とか福祉関係の人が集まって話し合いをする‘’介護認定審査会‘’が開かれるとのこと。

 

そして、2か月後、やっと

市役所高齢福祉課から、要支援2の通知と介護保険被保険者証が郵送されてきた。

 

①の訪問調査の内容は、ケアマネージャー、高齢福祉課職員、保健師さんからのものと当然のことながら重複したものも多かった。

 ただ、市の職員からは、細かな質問が次々になされた。3種類の具対物を見せて、質問の最後に、

「先ほど見せたのは何?」

という問いもあった。母は、2つしか答えられなかった。それでも、

「お見せしたことすら忘れてしまう方もいらっしゃるから、大丈夫ですよ。2つも覚えていてすばらしい。」

などど褒めてくださり母は機嫌がよかった。

 

 それで、市の職員が帰るとき、調子に乗ってお見送りを…と縁側に降りようとして、母は、市の職員の目前で仰向けに転んだ。市の職員と私の助けがなければ、自力で動くこともできなかった。かなり支援が必要な状態であるとアピールできたかもしれない。

 

 訪問されるどなたも、優しい対応だった。面談間際までは不機嫌なのに、事実と違うことを自信ありげに答える明るい表情の母になり、私は、うれしいやら不愉快やら複雑だった。

 こんな感じなので、家族が同席しなければ、

面接だけでは事実を認定してもらうのは難しいのではないかと思うことがたびたびあった。